putaotao的日志

タオ姐とプータオ(弟)の中国・四川旅行記

10日目 理塘

リタン 理塘

朝、まずバスセンターに行くことにした。ガンズまでの長距離バスのチケットを見に行く。

ホテルの受付の女の子に場所を聞いた。

少し遠いので、タクシーに乗っていった。

確かに遠かった。街のはずれにあった。建物が新しかったので移転したのだろうか。

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ガンズ行きの時刻表を見たけれど、確か9:30出発だった。

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明日は朝、鳥葬を見に行くので、間に合わなそうだ。

チケットは今は買わないことにして出てきた。

外に出ると、草むらにテントのような家があった。

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ヤクを放牧しようとするおばさん二人がいたので、近くに行った。

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話しかけたが、「不懂」と中国語はわからないと言われたが、ヤクを引っ張っている紐を1本渡された。

どうやら手伝ってということらしい。

ヤクはけっこう力が強い。

ヤクを引っ張りながら坂道を降りていくので、私は驚きと焦りで「わ~」と声を上げたら、おばさんも私と同じ声を「わ~」と出した。

お茶目っ気のあるおばさんだと思った。

 

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私はヤク一匹を引っ張っているが、彼女たちは何匹も一緒に引っ張っている。

下まで降りたところでヤクの紐をおばさんに渡した。

そしてさよならをした。

 

トイレに行きたくなったので、またバスセンターに戻った。

 

バスの停車場の奥にあるいわゆるニーハオトイレに行った。

戻ってくると、朝ごはんが売っていた。

バスから降りた客たちにご飯を提供していた。

お粥や肉まん。中国でよく見る光景だ。

暖かい朝ごはんがすぐに買える。中国のこういうところはすごく好きだ。

 

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バスターミナルから出てきた。

さっきのヤクのおばさん達は、放牧し終えて、座っていた。

 

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街の中心に戻りたいが、タクシーが見当たらない。

駐車場にタクシーが一台止まっていたが、ドライバーがどこにも見当たらなかった。

残念。

 

道路に出て、しばらく待っていたが、タクシーは通らない。

大きなできたばかりのアスファルトの道路。ここも開発が進んでいるようだ。

観光客のピカピカの自家用車もたくさん走っていて、これから観光客がたくさん来そうな予感がする。

タクシーが来ないので、トボトボと車道を歩いた。

途中でやっとタクシーが来て乗ることができた。

 

理塘寺に連れてってもらうことにした。ドライバーが観光スポットを教えてくれた。

 

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理塘寺について、まず門の外でプータオがタバコを吸う。お寺の中は全て禁煙スペースだ。

吸い終わるのを待つ間に、周囲を見る。

観光案内の看板があった。

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理塘も観光地として、整いつつあると感じた。

看板を見ていたら、チベット人のおじいちゃんが来たので「ダシテレ」と挨拶。

中国語で少し話をした。気さくなおじいちゃんだ。

 

門の前にお坊さんが座っていて、帽子を取るようにと言われた。

無料だった。

プータオがトイレに行きたくなったので、トイレの場所を聞く。

入ってすぐの右側の建物の中にあると教えてくれた。

中に入るとホールがあり、机の上には、ラー油のお皿と瓶が並んでいる。

私も四川省出身の友達に教えてもらい家で使っているものだ。

さすが四川省、唐辛子が欠かせないのだろう。

 

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中国は多民族国家なので、このようなスローガンもよく見かける。

やはり日本とは違うと感じる。

 

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大殿に入る。

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ラマたちがお経をあげていた。

そっと、中のお堂を見て回った。

ちょうどお昼の時間で、ラマたちが出ていくので、その流れにまぎれて外にでた。

お堂の横が、配食の建物のようで、大きな調理器具が見えた。

ラマたちはそれぞれお菓子や、食べ物をそこからもらっていくのが見えた。

 

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灰をためる入れ物。こんなに大きい。

そしてラマたちと一緒に壁の外にでた。

ラマたちはそれぞれ仲良しの人とと楽しそうに話をしたりじゃれあったりしていた。

プータオはトイレに行った。

 

それから、上の方に登れそうだったので、ラマに「上の方に歩いていったら、その先に道があるか」と確認して、大丈夫とのことで歩いていくことにした。

 

別のお堂があった。

新しいお堂で、大きな仏像がいくつかあった。

中を見学した。

 

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さらに上の方に進むと、ラマたちの宿舎のような場所があった。

何人か一人で座ってお経のようなものを広げて読んでいた。

勉強しているのだろうか。

 

さらに上に進んだ。

お堂を工事しているようで、作業員たちがいた。

犬もいた。

暑くてぐったりした様子だった。

理塘は標高が高い。朝晩は冷えるが、昼はとても暑い。

日傘がないので、雨傘を日除けにさしていた。

 

高原を見に行きたいので、この壁の外にでることにした。

 

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壁の外を、チベットの地元民らしき人達がたくさん登ってくる。

私たちが下ろうとするのを、手で上に行けと合図してくる。

意味がわからない。

そうしたら、若い子供連れの女の子が、中国語で、下にはいけないから上に行きなさいと教えてくれた。

赤ちゃん一人と、小学生の男の子2人を連れていた。

彼女は籠を背負っていて、その中に大きなポットなど入れている。

男の子一人が赤ちゃんを背負っている。

もう一人は座布団を持っていた。

 

彼女と一緒に歩きながらいろいろ話した。

彼女たちは草原に遊びに来たそうだ。

「一緒にどうぞ」と言ってくれた。

 

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旗が見える。

高地なので息が切れる。

私とプータオは遅れていくことにした。

お寺の外にもお参りの場所があって、お参りをするおばあさんもいた。

 

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プータオとまたお寺の方に入っていき、トイレに行った。

トイレから出てきたら、子供たちが遠くで、私たちに手を振っている。

私たちを呼んでいる。

彼らの方へ向かった。

高台の草むらに、赤ちゃんとおばあさん2人と子供二人と可愛らしいあの彼女。

ここへ来る途中で彼らが摘んだ大きな葉っぱが二つ敷いてあった。

私たちのために敷いて待っていてくれたのだ。

 

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彼らが食べていた、大麦のお焼みたいなものと、ヨーグルトを分けてくれた。

プータオは慣れないものを食べるとお腹を壊すので、食べなかった。

彼女にも説明した。

ヨーグルトに砂糖を沢山いれてくれた。

お焼をちぎって、ヨーグルトをつけて食べるそうだ。

このお焼は、彼女(または旦那さんの実家?)の実家で栽培した大麦を使って、彼女が自分で朝作ったそうだ。

チベットの手作りの食事をふるまわれてとても嬉しかった。

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赤ちゃんは彼女の子供で、まだ1歳になっていなかった。

子供二人は旦那さんの親戚の子供だそうだ。

 

プータオにも美味しいから食べてみなと、勧めて、やっとプータオも食べ始めた。これはプータオも食べられそうだ。

それからバター茶もくれた。

初めて飲む。

塩味がする。これは慣れない味で、正直、美味しいとは思わずすすまなかった。

もし何度か飲んだら、慣れるのかもしれない。

 

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彼女といろいろ話した。

昔、何年か成都で住んで働いたことがあるようだ。成都は蒸し暑くて大変だったそうだ。

理塘は夏はいいけど冬はとても寒くて耐えられないと言っていた。

成都から戻って、結婚したそうだ。そして、一人目の子供が生まれた。

確かまだ23歳くらいだった。

チベット族の若い子も、成都にでて働く経験をするのだと思った。

実家は確か新龍だと言っていた。

理塘ではないのだ。

理塘はこの辺では少し大きい町だ。いくつかの道が交わる交通の要所だ。

 

プータオも自分の仕事の話をしたり、上海で配達の仕事をして日に焼けて真っ黒になった話などをした。

彼女は「今日、私の家に泊まったらいいのに」と言った。

ちょっとびっくりした。

プータオが「もう宿にお金を払ってるから無理だよ」と答えた。

そして彼女は「晩御飯うちで食べなよ」と言った。

わたしはまた驚いて、「いいの?」と聞き返した。彼女はいいと言った。

そして、前にも漢族の中国人を一人家に招いてご馳走したことがあると、話した。

人との交流が好きなのかな。

 

チベットの料理は食べたことがないので、食べられるかどうか心配だった。

プータオはもっと心配だっただろう。彼は食べなれないものを食べるとお腹を壊すことが多い。

彼女の家に行くならアンナも誘おうと思った。彼女は今日、塔公から理塘に到着する予定だ。

 

子供たちは、少し離れた建設途中の建物の中に遊びに行った。

赤ちゃんは寝ていたけど、起きたので、彼女は赤ちゃんに乳をあげた。

おばあちゃんたちは静かに座っていた。

日差しが強いので日傘をさしていた。

 

上の方に牛やヤクがいたので、近くに行きたいと思った。

子供たちを大声で呼んだ。

「ヤクが見たい。一緒に上に行こう」と子供を誘った。

 

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彼女に「子供たちと一緒に上にいっていい?」と聞いたら、いいと言った。

そして彼女は子供たちにチベット語で何か注意を言っていた。

 

プータオと私と男の子二人で登っていった。

子供たちは走っていく。

空気が薄いので、私とプータオはハアハアいいながら、歩いて登った。

 

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ヤクはさらに上に行ってしまう。

 

小さなヤクが逃げずにいてくれた。

子供たちはヤクに触るのも慣れていた。

プータオは子供たちと話をするのが上手だ。

プータオもヤクに触った。ヤクはプータオの手をすこし噛んでいた。

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子供たちは上手に中国語を喋った。学校で習っているのだ。

 

牛と馬もいた。

馬は私たちが近づくと怒っていたので、近づくのをやめた。

少し怖かった。

 

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すごく美しい景色が見えた。

遠くに高い山が見えた。

本当に美しかった。

しばらく眺めていいた。

 

大人の若い男性が登ってきた。男の子が「お兄ちゃん!」と駆け寄っていった。

彼のお兄さんが来たのだ。

そして皆で下に降りていった。

 

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プータオのせいで、私は草原で転んだ。

お尻を軽く打った。また大怪我でもしたら大変だとひやひやした。

そして、顔の近くに牛のフンもあった。

プータオに怒ったら、彼はげらげら笑っていた。

 

降りて行ったら、もうあの若い女の子はいなかった。何か用事があって、下に降りていったそうだ。

おばあさん2人と赤ちゃんはいた。

暑いからと日傘を貸してくれた。

子供たちはまた、建設中の建物の方に遊びに走って行った。

プータオと私と、若い男性の3人で話をした。

私たちの旅の予定などを話した。

 

そして、私とプータオは別れを告げて、その場を離れていった。

結局、彼らの連絡先も分からないので、晩御飯を食べにあの彼女の家に行くことはできない。

もし彼女が本当に私たちを誘いたいと思っていたなら申し訳ないが、もしかしたらただの社交辞令だったのかもしれない。

彼女もいなくなってしまい、彼女の気持ちはわかりようもない。

もし家に誘われたら、どんな手土産を持っていくのか、あるいはお金を渡したらいいのか、プータオと悩んだりもした。

でも、その機会はなかった。

 

プータオとお寺の方に入って、お寺の入口に戻った。

そしてダライラマ7世の生家を見に行くことにした。

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道をとぼとぼ歩いていたら、あれ、マークがいる。塔公のバス乗り場で一緒にいたイギリス人のマークだった。

彼は一人だった。

声をかけた。話をしながら一緒に途中まで歩いた。

彼は気さくな性格だから、会話もはずむ。

彼は杭州の私立幼稚園で英語教員をしているそうだ。アジアが好きだと言った。

アジア人の私たちはそう言われると嬉しい。

彼はロンドンの近くのあまり大きくない都市の出身なんだそうだ。

何だか、故郷の町はあまり好きではなさそうな感じがした。

私たちがさっき見た美しい景色の写真を見せて、場所を教えてあげた。

彼はすでにダライラマの生家はみたので、途中で別れた。明日朝、彼も鳥葬を見に行くそうなので、そこでの再会を約束した。

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晴れて、日差しが暑い。朝夕と昼の気温差が本当に大きい。

石畳の道が整備されていた。

小さな博物館があって、少し高かったので迷ったけど入らなかった。

そして、ダライラマの生家についたが、閉まっていた。今日は休みらしい。

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他にも観光客がいて、プータオが彼女らと話をしていた。

その話を現地の人が聞いていた。

いろいろと政治的なこともあり、微妙なことも多いだろうが、私は言葉がよく分からないので、黙っていた。

 

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モダンなお土産屋さんが並んでいた。

観光地だ。

 

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そして、街の通りに出た。

プータオが道を間違えて、逆方向に行った。

私はおかしいと思ったので、街の人に聞いて、帰り道がわかった。

 

遅くなったがお昼ご飯を食べることにした。鶏肉の店に入った。

私は鶏肉料理で、プータオは豚肉料理を頼んだ。

味はまあまあだった。

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プータオの豚肉は臭みがあって、おいしくなかった。

それから裏手にある市場を見学した。

 

 

入口で、カード式の麻雀をやっていたので、しばらく見学させてもらった。

四川の人は麻雀が好きなんだそうだ。

お金もかけていた。

中国人は遊ぶのが上手だなと思う。

 

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これは仏教の御札だろうか。

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仏像も売っている。

 

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ブランドバック?の店。

漢族もチベット族も、なんだか、このブランドもどきのバックを持つ人が多い。

たとえ本物でなくてもそれがおしゃれなんだろう。

 

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携帯用マニ車を回してる人は、やはり高齢な人が多い。

 

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ホテルに戻り、一度休憩。

裏手に沢山バイクが止まっている。

この形のバイクをよく見かける。

 

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夕方、白塔公園に行くことにした。

街のメインストリートをまた歩いて行く。

 

民族衣装。

既婚女性がこのカラフルなエプロンをかけるらしい。

待ちゆくおばさん達がカラフルなエプロンをしている。

たしかに、ワンピースは黒や茶色で地味だが、エプロンが華やかだと、パッと目を引く。

こういうおしゃれをするのだと思った。

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数珠を売る店。大量の数珠。

チベット族の人はいつも数珠を身に着けている。手に持つか首にかけるか。

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工事している場所があった。

貼り紙を見ると、ここは大きなスーパーになるようだ。

大きなスーパーができると、だんだんと小さな個人商店は無くなるだろう。

世界中どこも同じような現象が起きているのだ。

 

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病院。

チベット医学というものがあるようだ。

チベット医学に基づく足湯もあるのだ。

病院の中に寺院のような仏像スペースもあるようだ。

インドも近いということもあり、高度な文化が発達した歴史が伺える。

 

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薪を使う調理家具の店だ。

調理しながら部屋も温まりそうだ。

プータオの実家も同じようなものを使っていたそうだ。

 

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塔公園の門をくぐる。

鶴の絵。日本の鶴と同じだ。

お香をたく場所。

大きな塔がある。

 

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夕暮れ時なので、人々がお祈りに来ている。

ひれ伏す場所も用意されている。

 

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お堂の中には大きな金ぴかの仏像が並んでいる。中央には見たこともない巨大なマニ車。小さな子供もお母さんに手を引かれてやってきている。

こうやって、文化は受け継がれていくのだ。

私たちも見学した。

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お堂の周囲にもマニ車が並んでいる。

皆、歩くのが早い。

すごく健康にもいい習慣だ。

 

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それから白い塔の方へ行った。

 

おじさんが、お参りの仕方を教えてくれるそうで、合図してくる。

私はおじさんとくっついていくことにした。

プータオは外で待つことにした。

おじさんにくっついて、塔の前の左側のマニ車をぐるぐる何度も周る。

そして、塔に行き、塔のマニ車をぐるぐる回る。

何か念仏を唱えているので、私もとりあえず「南無阿弥陀仏」とぶつぶつ言いながら、とにかくくっついて行った。

他のことは何も考えないことにした。

身を任せた。

何度も周り、そして、最後に塔の外の右側のマニ車を回って終了した。

おじさんが、こうやってお参りするんだと最後に語って、お別れした。

これだけ回るのに30分はかかるだろう。

こんな風にチベットの人達は、仏教とともに生活するのだ。

心にも体にも良い習慣だと思った。

一日の嫌なことも忘れて鬱病対策にもなりそうだ。

 

すっかり日がくれた。

外で一人で座っていたら、隣に年配のお坊さんが座った。

最初にお堂に入口で少し見かけたお坊さんだった。

私は目を閉じてじっと座っていた。

お坊さんはいなくなった。

プータオが来ないので、外にでてみたら、プータオがいた。

プータオは外で待っていたようだ。

 

街の中心部の交差点にはこのような国のスローガンもある。

 

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お腹もあまり好いていないけど、何か食べたい。

四川料理の店で、空心菜の炒め物とスープを頼んだ。

プータオはチャーハンにした。

味はまあまあ美味しいけど油っこい。

店主と話をすると「ここでは野菜も果物も何でも高い。全部成都から運んでくるから仕方ない」といったことを言っていた。

4000mの高原なので、野菜は育たないのだ。

野菜があまりないのは、そういう理由なのだ。

ここは

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物の値段が高いのだ。

 

ここでも壁に、注意書きやら、女性の電話番号が書いてある。

大胆だ。

 

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そして、念願のお風呂屋に行った。

私たちと入れ替わりで、子連れのお母さんとおばあちゃんが出てきた。車で帰っていった。車があれば、湯冷めしなくていいだろう。

 

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一人30元で、オプション無料の入浴剤を選んだ。「塩」にした。

体が温まりそうだ。

 

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店主が木の湯舟にビニールをはり、お湯をためる。

好みの温度にしてもらって、あとは中に入る。

一つ一つ個室になっている。

風呂場の中に、金属のクローゼットがあり、その中に服やバックを入れて濡れないようにする。

壁にシャワーがあった。

久しぶりに湯舟につかってゆっくりした。

気持ちよかった。

満足だ

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でも帰りは風邪を引かないか心配で、急いで走ってしまった。

そうしたらすぐに、気管が痛くなった。

ここは高地だ。標高が低い所とは違うのだ。

予想もつかなかった自分の体の反応に少し驚いた。

ゆっくり歩いて帰った。

帰ってもしばらく気分が悪かった。

 

明日は、早起きしなければならない。

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昨天下午到的理塘。和姐姐一起去了逛街了。今天早上起来了收拾一下然后就和姐姐一起出门了。我们去了客运站。问了去了甘孜的车票,但是九点半发车时间不够我们看天葬回去时间不能赶趟。所有就没有订票。就这样我和姐姐一起出去了。在外面我们看到了藏族人在放牦牛。姐姐也去和他们一起做这样的事情了。姐姐开心啊。我看的很想笑她好笨啊。我说放牛的姐姐哈哈,然后我们一起等车回去但是有一辆车在客运站里停着。姐姐非要去做这个车。我说他应该在吃饭或者有事。但是姐姐说没事我们叫他。后来我们去了车里没有人啊。哈哈。当时我感觉姐姐非常倔强的一个人。后来我们走路回去了。走了很长时间才有一辆出租车。我们去了长青春寺。也就是理塘寺。长青春科尔寺又称理塘寺,于1580年由第三世达赖喇嘛索南嘉措创建,是康区历史最悠久,规模最大的藏传佛教黄教寺庙。长青春科尔为藏语译音,“长青”意为弥勒佛(即未来佛)“春科尔”意为法轮,“长青春科尔”意为弥勒佛法轮(标志着法轮常转、妙谛永存)。寺内珍藏有各种类型的释迦牟尼镀金铜像,佛教经典、三世达赖用过的马鞍、明清时代的壁画等珍贵文物,该寺每年藏历正月十五的酥油塑花会,喻为“康区一绝”。寺庙很大呦看了大殿然后看到了他们做饭的锅非常大。我们在附近走了很多的的地方。后来我们去了一个广场上休息吃了东西姐姐饿了。我们休息了。后来有人问厕所在哪里。那个人还踩到了牛粪。我们继续走。我们走了一个小路下山。但是我们看到了一个藏族女孩和两个小朋友。他们说不要这样出去应该走之别的路下山。她们邀请我们一起去草地上做客。就这样我们一起走。真的很累啊。有点高原反应就这样我们走走停停。到了下坡路了我告诉姐姐说我要休息一下。藏族女生她们先下去了。说真的理塘的天气真的很好空气好。就是很晒。紫外线太强。理塘海拔4000多米。是一个高原城市。我和姐姐在这里休息了一会看了下面的风景然后一起往下走了。我们下去的时候藏族朋友在她们休息的地方叫我们去。我和姐姐一起过去了。到了附近看到了她们在吃东西。有饼和酥油茶和酸奶。感觉味道不错。姐姐吃了好多啊。我感觉到姐姐喜欢吃的东西她能吃很多。不喜欢吃的她就吃的一点或者不吃。我吃一点。因为肚子不舒服。不能吃太多的不习惯食物。在聊天过程中了解到她以前在成都生活十年左右。现在结了婚。有了孩子。在一起的有她亲戚家孩子和她老公的奶奶和亲戚。交个老人都七十多了。她邀请了姐姐和我一起去他家吃饭。但是姐姐想要去山上看牦牛。我们走了十多米后那个藏族女生有事情下山了。说一会回来

就这样我们把两个小朋友叫了回来一起去山上玩。他们的体力非常棒。一直再跑。不累。我和姐姐一起走路都很累啊。去抓牦牛了。他们一直在追小牦牛。牦牛跑的很快不好抓后来有一只牦牛不怕人我到了它的附近喂它草。摸了它。牦牛用舌头舔我哈哈。姐姐害怕被咬。怕疼不敢摸。我在想摸的时候牦牛跑了,后来又抓住一直牦牛了。这样把它制服了姐姐才敢摸。但是摸小牛犊子的时候不要让大牛到不然会有危险。附近还有马 。哈哈哈哈哈。说到马。我就想笑这个事情你们问姐姐吧。他们还要抓马。很危险。我们去了山的上面看到了理塘县真的漂亮,我这么大没有见过。很震撼。后来小朋友的哥哥还是舅舅来了我们就下去了。在下去了的时候。我说我背你吧姐姐。刚开始的时候不让背。但是后来同意了。就这样我背着姐姐往下走。越走越快。姐姐就害怕。一直说不要不要不要不要。双腿乱动。留着我们摔倒了。哈哈哈哈。但是姐姐的脸距离牛粪只有20厘米。哈哈哈哈真的搞笑,真的开心有意思。姐姐开始没有看到是我提醒她的。哈哈哈哈。笑死我了。这样我们回去了吃东西的地方和小朋友的哥哥聊会就回去了。。

我我们回去了的时候去了仁康古街。这里有很久的历史这里有七世达赖喇嘛的诞生地。但是我们去的时候没有开门。很遗憾。这里的街道都很有历史感。回去时候我们是走路回去的吃了鸡肉料理。在住的地方休息了两个小时。我们又出门了。还是走路去的白塔寺这里有一个我见过最大的转经筒。这里就是一个公园每天晚上有人在这里走路休息。从白塔寺回来的时候姐姐又生气了。后来我承认错误了。废了好大的力气才把姐姐哄开心。。我们今天晚上去泡澡了。但是泡澡前吃饭了。味道不怎么好吃。泡澡的地方是三十块钱一个人。大木桶。可以免费放盐或者牛奶。但是有的是要花钱的。很舒服。我怕热不能泡很热的水。就这样泡澡结束后我们跑步回去了。。在这里我提醒大家不要在理塘跑步。真的很难受。今天就这样吧明天早起看天葬了